ご近所ダイニング・バルバルのブログ

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寄付させていただきます。




思えば娘が産まれてから、私は東京での生活に限界を感じていました。
認可の保育園では依託時間が合わず、朝は子供に合わせて早くから起きて外に連れ出し、夜は娘が寝てから帰ってきて夕食を食べて、子供を寝かしつける時間には離れて働いて、シッター代が経営を圧迫し、睡眠時間は削られ、、そんな生活を1年半やったら震災が起きました
震災後は苦しい日々でした。預けている間に食べている娘の食事の汚染が気になり、心を搾られるような気持ちでした。


なぜ東京にいるのだ、なぜ夜に働いているのだ、どうしたらいいのだろうとずっと思っていました。
今振り替えれば、出産後、昼の店に変わっておくべきでした。そうすればまた違った選択があったのかも。


と、後悔してもしょうがありません。

今年、私達がこの地に移住を決めたきっかけとなったのは、バルバル初期にアルバイトをしてくれていた、直美ちゃんでした。
彼女は震災の後、ご主人の実家のある奈良市に移住をしていました。
いつか遊びに行くといいながらなかなか機会がなくていたのが、バルバルを閉店した後でまとまった時間が取れて、九州へ帰省したついでに新幹線を京都で降りて、彼女のうちに行きました。

私は大病の後だったし、バルバルは閉店したしで、なんといったらいいのか、少し力の抜けたような、人間いつ死ぬかわからないなとつい考えるような思考の中にいました。

彼女のうちは奈良公園から徒歩圏内にあるのですが、近くの興福寺や奈良国立博物館を案内してもらいました。

仏像を見ているうちに、この仏さまはずーっと昔から人間の苦労や悲しみを見続けてきたのだなぁと思い、涙が出ました。昔の人は仏像を拝んで救われたのだろうなぁ
私も仏さまの近くに住みたいなぁ
と思いました。

この時点では移住はただの憧れでした。
仏さまの近くに住んでできれば自給自足したいな。
直美ちゃんにそう言うと、自分の知人で奈良の山のなかで蒔生活を送ってて半分自給自足の人がいるから会ってみたら?といわれました。

その人がoさんです。
oさんは、やまとのだいちという名前で放射能からの保養を目的とした個人宅へのホームステイの受け入れ活動をしていました。
メンバーは奈良県のいろいろな職業の有志の集まりです。

oさんのうちや他のメンバーの自宅に昨年秋から今年の2月にかけてたびたびステイさせてもらいました。そして、皆さんの被災地への深い思を知り、人に対する情の厚さに助けられました。


その時期のうちの家族はちょっとここにはかけないくらいヤバイ状況でした。
私の手術のあと、マスターが極度の不安から鬱になってしまったのです。

(バルバルが閉店する時期に来てくださってた方は、坊主頭のおっちゃんがお店を手伝ってくれてたのをご存じかとおもいますが、彼に支えられて、閉店まで無事に店をやれました。この人がいてくれなかったらバルバルは閉店のお知らせのない閉店、となっていたに違いありません。)

そのマスターが奈良から帰ってきて向こうに住みたいというのです。
彼はなかなか物事を決心しないことにかけては一流の人なんです。現状維持が大好き、そのうちにやる、何も急ぐことはない、というのが先祖代々から受け継がれてきた家訓です。

マスターがやると決心したのは16年前バルバルをやるといったのと、今回が二度目です。

私もとにかく生活を立て直したい、東京の狭いアパートで鬱ぎみのダンナと療養中の私と多感な時期の幼子と仕事もなくいては大変なことになる、と思っていましたのでこの機を逃すなということになりました。

最初は奈良県で物件を探しました。
不動産屋さんを探しても田舎の古民家は売物件としてしか出回ってなく、借家を探すには地域の方の伝に頼るしかありませんでした。

伝に頼って何件か見て回りましたが、先の住民の荷物がぎっしり残ってたり、すきま風が吹いてめっちゃ寒そうな家だったりで、東京からいきなり引っ越すにはレベルか高すぎる!!と思いました。

それに私は福岡産まれですが、マスターと娘は根っからの都会っ子ですから(笑)、周りにスーパーマーケットもない生活って、いきなりどーよということになりまして。

それでお隣の三重県の住宅街に引っ越したのですが、、、今はほどよく田舎で快適に過ごしております。

前置きが長くなりましたが(前置きだったんか)、こちらに来てやまとのだいちをサポートしたく、ホームステイ受け入れの活動を始めることにしました。

と、いってもやまとのだいちは奈良の田舎での保養ということ主旨としてあげているので、私達の三重の普通の住宅に保養にきたいと言う人かいるのかわかりませんが。
震災から3年たち、小さな子供を抱えた方々、それもホットスポットといわれるところに住む方々の心労を考えるといたたまれません。
少しでも力になれたら、少しでも支えになれたらと思い、できることをとりあえずやるということにしました。

そんな訳で、閉店の時に皆さんに頂いたカンパの一部をやまとのだいちに寄付金として預けたいと思うのですがご賛同いただけますでしょうか。

それから、レシピの希望の方には切手代を頂戴してますが、そちらも一部を三重県の保養キャンプに寄付させてもらいました。

興味を持たれたかたはホームページも見てくださいね!








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  1. 2014/06/23(月) 13:23:04|
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